ライフ

【書評】1932年に書かれた2540年のテクノロジーの的確な予言

【書評】『すばらしい新世界[新訳版]』/オルダス・ハクスリー・著/大森望・訳/ハヤカワ文庫/800円+税

【評者】鴻巣友季子(翻訳家)

 いま米国ではオーウェルの『1984』が売れに売れている。トランプ大統領顧問の「オルタナティブ・ファクト」という独自の造語の使い方が、近未来の管理社会を描いた同作を彷彿させたためだ。スノーデン事件を機にじわじわ売れていた同書は、売り上げがいっきに9500%増になり、同時にトップセラーに躍り出たのが、ハクスリーの『すばらしい新世界』である。

 日本でも、これらのディストピア小説は特定秘密保護法案が持ちあがった頃から読者を増やしていたが、ここに来て、米国新政府や自国の「共謀罪」への不安なども相まって勢い注目されている。翻訳文学が売れるのは嬉しいものの、気持ちは複雑だ。

 さて、ちょうど『すばらしい新世界』の新訳が出たので再読。物語の舞台は、西暦二五四〇年にあたる頃だ。巨大な世界国家ができあがり、テクノロジーの進歩を享受する「すばらしい新世界」が出現している。

 まず、生殖はすべて性交を介さない体外受精でなされ、乳児は製品のように瓶に入れて扱われ、「父」「母」なんていう語は、もはやわいせつ語に近い。多胎児として何十人もが生まれ、才能や素質を予め割り振られている。階層も細かく分けられているので、むしろ格差は感じず、みんな幸せ(のはず)。

 さまざまなものがじつに的確に予言されている。感覚映画というのは、ヴァーチャル・リアリティ式の映画だし、ソーマという合法ドラッグみたいな薬を飲めば多幸感爆発(これを「ソーマの休日」という)、セクハラを社交と称する上司がいたり、若いうちは不特定多数とのフリーセックスこそが健全とされたりする。ここに登場するのは、ただひとり、母の子宮から生まれた「野人」だった。

 暴力も戦争も病死もない代わりに愛もないこの社会は、はたして幸福なのか──? 1932年に刊行されたこの小説にインスパイアされて無数の作品が生まれたのだが、いま見ると、本作の方がむしろ若手作家が書いた最新作に見えるからびっくりである。

※週刊ポスト2017年3月24・31日号

関連記事

トピックス

羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
《家族と歩んだ優しき元横綱》曙太郎さん、人生最大の転機は格闘家転身ではなく、結婚だった 今際の言葉は妻への「アイラブユー」
《家族と歩んだ優しき元横綱》曙太郎さん、人生最大の転機は格闘家転身ではなく、結婚だった 今際の言葉は妻への「アイラブユー」
女性セブン
年商25億円の宮崎麗果さん。1台のパソコンからスタート。  きっかけはシングルマザーになって「この子達を食べさせなくちゃ」
年商25億円の宮崎麗果さん。1台のパソコンからスタート。 きっかけはシングルマザーになって「この子達を食べさせなくちゃ」
NEWSポストセブン
今年の1月に50歳を迎えた高橋由美子
《高橋由美子が“抱えられて大泥酔”した歌舞伎町の夜》元正統派アイドルがしなだれ「はしご酒場放浪11時間」介抱する男
NEWSポストセブン
入社辞退者が続出しているいなば食品(HPより)
「礼を尽くさないと」いなば食品の社長は入社辞退者に“謝罪行脚”、担当者が明かした「怪文書リリース」が生まれた背景
NEWSポストセブン
STAP細胞騒動から10年
【全文公開】STAP細胞騒動の小保方晴子さん、昨年ひそかに結婚していた お相手は同い年の「最大の理解者」
女性セブン
入社辞退者が続出しているいなば食品(HPより)
いなば食品、入社辞退者が憤る内定後の『一般職採用です』告知「ボロ家」よりも許せなかったこと「待遇わからず」「想定していた働き方と全然違う」
NEWSポストセブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
逮捕された十枝内容疑者
《青森県七戸町で死体遺棄》愛車は「赤いチェイサー」逮捕の運送会社代表、親戚で愛人関係にある女性らと元従業員を……近隣住民が感じた「殺意」
NEWSポストセブン
ムキムキボディを披露した藤澤五月(Xより)
《ムキムキ筋肉美に思わぬ誤算》グラビア依頼殺到のロコ・ソラーレ藤澤五月選手「すべてお断り」の決断背景
NEWSポストセブン
大谷翔平を待ち受ける試練(Getty Images)
【全文公開】大谷翔平、ハワイで計画する25億円リゾート別荘は“規格外” 不動産売買を目的とした会社「デコピン社」の役員欄には真美子さんの名前なし
女性セブン