青年期を過ごした大坂の適塾時代には「少しでも手元に金があればすぐに飲むことを考える」ほどよく飲んだようです。一度、禁酒を決心したものの、ほかの塾生から「いきなり禁酒すると体に良くない。酒の代わりにタバコを始めろ」と勧められると、1か月でタバコも酒も止められなくなってしまう。
この頃は特に悪戯のオンパレードで、知人の塾生に「遊女から手紙がきた」と嘘をつきからかったり、河豚を鯛の味噌漬けだと人を騙して食わせてみたり……そのほかにも、往来の真ん中で取っ組み合いの喧嘩の真似事をし、周囲の反応を見て楽しんだりもしている。
ただし、凄まじい勉強をしていたことも事実です。昼夜の区別なく勉強し、「気がつけば枕をして寝たことがない」と後から気付くほど。真面目に勉強する時も、ふざける時も勢いがある。
開明派の福澤は一方で、「武士であることの誇り」は捨てられなかったようです。旧幕臣ながら新政府に仕えた勝海舟には「武士の本領は“やせ我慢”である。なぜ我慢をしないのか」と抗議の手紙を送っている。武士の世を終わらせるのは大事だが、自分はどこまでも武士の気概を持つ──これが福澤の重要なアイデンティティだったのです。
【PROFILE】齋藤隆/1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。『現代語訳 学問のすすめ』『現代語訳 福翁自伝』(いずれも、ちくま新書)など著書多数。
※SAPIO2017年4月号