一筋縄にはいかない展開と緊張感に包まれ、人々はハラハラドキドキする。アナウンサーが「伝説の4分半」と叫んだ演技で自己最高得点をたたき出すと、羽生選手は両手を高く上げガッツポーズをして、5位からの逆転優勝というドラマを見せた。
優勝後のインタビューでは「最高の演技を見せられない日もある」と、一瞬、眉間に皺を寄せ、「悪い日もあって悲しい」と情けなさそうに笑いながら視線を落としてうつむいた。だが「ファンの皆さんがここで喜んでいただけたなら」と述べた時は、前を向いて目を細め嬉しそうに、顔をくしゃくしゃにして歯を見せて笑った。
失敗、ケガ、ルール変更、ライバル…などスポーツ選手の前には、期せずして何らかの障害が待ち受けている。だが彼らは、人々の期待を裏切ることなく、それらを見事にクリアしていく。
新横綱稀勢の里が負傷を押して逆転優勝した春場所の国技館には、割れんばかりの歓声が起こった。君が代を聞く稀勢の里が、ボロボロと涙をこぼし男泣きをした姿は、記憶に新しいスポーツ界のドラマだ。
そしてドラマには葛藤がつきものだ。
2014年の世界選手権中国杯。6分間の練習中、中国の選手と衝突してケガを負いながらも、包帯姿でリンクに立った羽生選手。演技が終わると誇らしげに満足そうな表情で顔を上げたがリンクを出た途端、コーチの腕に倒れ込む。得点が表示されると、不安や苦痛、プレッシャーという葛藤から解き放たれ、顔を覆って号泣していた。
羽生選手は穏やかな柔和なイメージが強いが、表情が豊かで喜怒哀楽をはっきりと表す。だから見ているこちらは、彼が抱える葛藤と感情がわかって共感しやすい。ここに羽生選手のドラマ性があると思う。ファンは羽生選手の状況を理解するだけでなく、その表情や言葉から心にある苦しさ、辛さ、不安といった葛藤を身近に感じ、共感することで心を揺さぶられる。
葛藤を感じるからこそ感情移入ができ、さらに惹きつけられていく。苦痛に顔を歪め、涙を流し弱さは見せるが弱音は吐かず、障害に立ち向かいクリアしていく姿に、人はますます魅了されていく。
来季の平昌五輪での優勝を聞かれ「期待に応えるための金メダル」と答えた羽生選手。期待がプレッシャーになるのはわかっているが、やはり期待せずにはいられない。