ただ当時、こうした仏教的思想を否定する神道の反発によって、火葬禁止令も出た。しかし戦後の高度経済成長期における都市化で、深刻な埋葬地不足になり、発令は撤回され、火葬が普及したのだ。一般社団法人『火葬研』の代表理事・武田至さんが説明する。
「大正時代に全国で約3万7000か所あった火葬場は、今では4000か所ほどに減少しています。もっともこれは、各地方自治体が稼働していない簡易な火葬場を統廃合し、機能が充実した火葬場にしていった結果でもあるので、単純に激減しているとはいえません。ただ過去1年以内に稼働実績があるのは1453か所にとどまります。人口が集中している都市部では、死者数も当初の計画より増え、火葬までどうしても日数がかかるようになっています。とはいえ、敷地の問題もあって受け入れ数を増やすにも限界があり、近隣住民の理解を得るのに時間を要すので、簡単に建設できるものではありません」
そんななか火葬場ではさまざまな検討がなされているという。
「火葬の受け入れ数を増やすために、焼香や読経禁止、焼骨確認を省くといった火葬場も出てきています」(武田さん)
火葬後に行われる『骨上げ』は、会葬者が箸で遺骨を拾い、骨壺に納めることですが、故人が亡くなったのを受け入れるといった意味合いがある。また地域によっては故人があの世へわたれるように橋渡しをするという想いが込められている。
「しかし最近は骨をいらないという人も増えています。火葬の受け入れ数を増やしたり、運営効率優先のため、こうした儀式がなくなる可能性も否定できません。そもそも欧米では、宗教的な考えの違いもありますが、火葬に立ち会いません。炉に入るところも見ませんし、遺骨も、火葬場職員が集めて後日郵送するか、後から遺族が取りに来るといった形です。多死社会のなかで、現状の火葬場の受け入れ数を高めるため、こうしたこれまでの日本ならではの死者の送り方が、見直されていく可能性があります」(武田さん)
何事にもお金と時間をかけることに価値を見いださない現代社会では、恋愛や結婚さえコスパで考える人が増えてきた。そうした人たちにとって、死者のためにお金と時間を費やすことは、なんともばかばかしいことなのかもしれない。
葬儀はやらず、お墓も作らない。そうしたなかで迎える多死社会では、もしかしたら「さよなら」までも、簡素化していってしまうのかもしれない。
※女性セブン2017年5月25日号