「和食は好き? いい鮨屋があるから、予約しておいていいかな」
鮨は大好きだ。どんな店に連れてってくれるんだろうと、アリサさんの胸は高鳴った。同時に、洋輔さんに心を奪われつつある自分に気づいた。
◆銀座の鮨屋で目にしてしまった「領収書」
約束の土曜日、アリサさんは銀座の鮨屋で至福のときを過ごしていた。
「彼は音楽が好きで、中でもジャズが好きで、いろいろ教えてくれました。私は学生時代、ブラスバンド部だったので、趣味も合うなあと。彼が私のことをどう思ってるか、はっきりはわからなかったけれど……、こんな良いお店に連れてきてくれたんだから、悪くは思ってないはずだと、それなりに自信を持っていました。星付きのお店ではなかったけれど、美味しくて、上品で、本当にステキなお店だったので。こういうお店を知ってるっていうのも、男として頼もしかった」
食事を終えて化粧室に立とうとすると、洋輔さんは「今日は僕が誘ったから払わせてね」と爽やかに言った。そのスマートな対応に、また惚れ惚れした。
が、次の瞬間、アリサさんのほろ酔いは一気に冷める。店の人が洋輔さんに領収書を渡すのを、化粧室から出たタイミングで、たまたま目撃してしまったのだ。
「えっ、領収書?」
洋輔さんの前ではなんとか平静を保ったものの、ひどく動揺していた。洋輔さんはアリサさんを家の前まで送ってくれたが、その間、領収書の紙切れが頭から離れなかった。
「ああ、私は、そういう扱いだったのかと、ショックでした。真剣に婚活して、大事なデートで領収書を切られるなんて……なんだ、全然気に入られてなかったんだと。ええ、もちろん、プライベートで領収書を切っていいのか、っていうモラルの問題もあるんだけれど、それよりも、彼を好きになってしまっていた分、プライドを傷つけられた気持ちが強かった」
もう洋輔さんからの誘いはないだろうと、フラれた気持ちで、その日は泣きながらベッドに入った。