力士は、姿が見えてくる前ににおいで近くにいるとわかる。日曜の銀座中央通りの歩行者天国で、甘いにおいがしてきた。その方向を見て「なんでよ!」とのけぞった。ずり上がりそうなニットキャップを懸命におさえる千代大龍がいた。ハーフパンツにクラッチバッグで、いそいそと教文館書店の横を有楽町側に曲がっていった。
幕内力士にしか着用の許されない染め抜き、そしてちょん髷で千代大龍が銀座を闊歩したなら「お相撲さんはやっぱりすてきね」と歩行者天国中の視線を独占していたであろうに。
去年の五月、原宿駅に降り立つと人であふれていた。女の子たちが「EG」と書かれたTシャツを着ていて、国立代々木競技場で行なわれるE-girlsのコンサートへの観客だとわかった。そんな中に彼女たちのフルーティーなコロンとはちがうにおいがしてきて、その発信元をたどる。思った通り、力士がいた。
下駄を履いていたから、序二段以下だったと思われる(雪駄は三段目より)。本場所後の一週間程度は、比較的自由に過ごさせる部屋が多いと聞く。先日、五月場所が終わったばかり。三人の力士がうつむき、背中を丸めて大汗をかきながら、話していた。
「な、なんか、ダッセーよな、俺たち」
そんなことはない! と肩をたたきたくなった。あなたたちはかっこいい。普通の男の子たちではとても着こなせない浴衣と下駄、そしてちょん髷なのよ! 自信を持ってください! と思った。しかし、大好きなアーティストのコンサート、それを観賞するのならこちらも最もきちんとした装いでいなければ、との心意気がまぶしく、胸がつまってしまい言えなかった。