「『独眼竜』の時は秀吉とは対照的な、品のいい家康にしたかったんだが、今度の作品は秀吉が死んだ後、石田三成の使いが来て、家康に忠誠を誓わせようとするところから始まる。ジェームス三木さんの脚本のト書には『家康は爪を噛む癖がある』って書いてあった。これを使って、タヌキオヤジの家康にしようと思いついた。
爪は噛み始めると、噛み切らなきゃ終わらない。噛み切っても口に残った爪を吐き出さないといけない。そこで、小姓に出させた懐紙の中に吐くことにした。これで返事を待つ相手を焦らす間が作れる。焦らせ方によって家康が曲者に見えるはずと計算した。
『鳴くまで待とうホトトギス』と言われる家康は『待つ』イメージが強い。それを変えたかった。むしろせっかちだったと、演じたかった。
釣りをしてても、のんびりしてると、素早い魚には餌を持っていかれる。逆に短気なら、片時も浮きから目を離さないから、『ここ』というタイミングを逃さない。そういう掴みのうまい家康にしたかった。つまり自分のせっかちを押さえるために、爪を噛みながら相手をも焦らせる家康にしたかったんだ。
ジェームスさんは大好きな脚本家だ。『爪を噛む癖があった』とは書いても、それをどう使えと指定しないで、僕に考えさせる。それが僕とジェームスさんとの、阿吽の呼吸になるんだ」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
◆撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2017年7月21・28日号