西と北が多く、東と南が少ないことには理由がある。多くの名字が生まれた中世の武士は谷間に好んで住んだ。生活に必要な川が流れているし、集落の入り口が1か所しかなく、村を守りやすかったからだ。
そして、東側や南側に口の開いた谷間のほうが日当たり良く実りもいい。領主は、そうした谷の入り口近くに居を構えて村を守り、農民はそこから谷の奥に向かって住んだ。
ということは、領主から見れば南に開いた谷であれば北側に、東に開いた谷であれば西側に農民が住んでいる。従って、彼らが名乗る名字は「北」や「西」が多くなる。
なお、方位や方角を表わす名字には、川の上流か下流かを区別した「上・下」や、寺や神社などとの位置関係を示す「前・後」「表・裏」や「横・脇・端」、領主からの距離を示す「近・遠」などがある。
また、方位を十二支で示すケースもあり、このなかには北東、南東、南西、北西を意味する「艮(ごん/うしとら)・巽(そん/たつみ)・坤(こん/ひつじさる)・乾(けん/いぬい)」を含むが、縁起が良くないとされる巽と坤はあまり使われなかった。
イラスト■スズキサトル
※週刊ポスト2017年8月4日号