一方で、N氏は手錠をつけたまま逃走した容疑者についても苦言を呈する。
「もちろん、彼がやったことは犯罪だし、警察官に噛み付いてケガをさせたわけですから、言い訳の余地はなく、国の恥です。さらに、彼の友人には不法滞在者の同胞も多数います。彼らは、大泉町やその周辺で集団生活し、彼らを違法に雇う日本人ボスの下で働いています。しかし、例え不法滞在者であっても、悪人なんでしょうか? 彼らは日本の労働力として役立っていますし、立派な移民ではないですか? そこには矛盾があるとしか思えないのです」
経団連が提唱する「移民受け入れ」についての議論は、すでに絵空事ではなくなり、超高齢化社会に突入した我が国では「避けられない道」ともする見方さえある。受け入れについては「完全な反対」「優秀な技術者のみに限る」などといった、極めて日本に都合の良い意見ばかりが飛び交っている。堂々めぐりの議論ばかり繰り返しているうちに、現実はどんどん前へ進んでいる。
2016年末の在留外国人数は238万2822人で、前年末より15万633人、6.7%増加した。この数値は、群馬県で逃亡し埼玉県で逮捕された、上記のベトナム人男性のような不法残留者は含まれない。法務省が把握する不法残留者数も3年連続で増加している。もちろん、把握されていない不法残留者は、ずっと多いとみられている。彼らの多くは働いているが、不法滞在である弱みにつけ込まれ、違法で劣悪な環境におかれることも珍しくない。雇用する側もその成果を申告しない。国が知らない、法が及ばない経済活動が営まれている。日本の未来にとって、そのような現実がすすむことはマイナスにしかならない。
移民の国といわれるアメリカは、不法移民への救済制度をうまく利用して自国の経済発展に寄与させてきた。いまは、子供のときに親に連れられて米国で不法移民となりそのまま米国で暮らす若者に一時的に就労許可を与え強制送還を2年間、免除する制度がある。この制度によって米国のトップ企業で活躍する場を得た者も少なくない。ドナルド・トランプ大統領がこの制度打ち切りを発表したとき、アップルやグーグル、フェイスブックのCEOやマイクロソフト社長が反対を表明した。自社の優秀な頭脳の流出を恐れてのことだ。
ところが、日本は実に杓子定規な対応しかしてこなかった。日本で生まれ育ち、日本の教育を受けた子供を、親が不法移民だからと強制退去を命じる決定を繰り返している。労働力の不足に苦しみ、若年人口の減少に悩む国がとる態度としては、時代に逆行した考え方ではないか。
移民をいかに受け入れるかという話題を出すだけで、不法滞在者は強制退去しかないと頑なに反対する人たちがいる。そういう彼らは、もはや「移民国家」の道を歩み始めた我が国の姿に気がついていないのか、それとも見えぬふりをしているのか。そのような人々ほど、今回のベトナム人逃走事件”衝撃的”だっただろう。この事件をきっかけに、現実的な未来を考えた議論が始まることを願う。