純然たる落語として演じられる後半、これが圧巻だ。萩原新三郎が幽霊に取り殺される怪談(「お露と新三郎」「お札はがし」)から、大金に目がくらみ新三郎を死に追いやった伴蔵夫婦のその後を描く「おみね殺し」「関口屋のゆすり」、そして孝助が仇討ちを遂げる結末(「十郎ヶ峰の仇討」)まで、10時間分の内容を1時間半で一気に語る。
そこに「駆け足で演じた」感は一切ない。他の演者の通し口演にない密度の濃さは、上質の映画を観ているよう。原作にはないエピローグを付け加え、音楽を用いて感動のフィナーレを演出するのも、志の輔にしかない発想だ。
志の輔は『牡丹灯籠』のストーリーを表面的になぞるのではなく、登場人物の内面を深く掘り下げている。とりわけ優れているのは悪事に手を染める伴蔵夫婦の描き方で、今年の口演では、女房おみねを殺そうと決意する伴蔵の心理描写に、これまで以上の説得力があった。これだから毎年観る価値があるというもの。未体験の方は来年の夏、ぜひ足を運んでいただきたい。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『僕らの落語』など著書多数。
※週刊ポスト2017年10月6日号