◆職務主義の制約と欠点
したがって、時間に制約されない働き方を取り入れようとすれば、まず個人の仕事の範囲を明確にしなければならない。最もオーソドックスな方法は欧米型の職務主義を導入することだ。しかし、職務主義には制約や欠点もある。
第1に、仕事内容を明確に定義できる職種にかぎられるということである。とくに高度な専門能力や裁量が求められる仕事は、仕事内容が複雑なため逆に定義しにくいという問題がある。
第2に、職務主義は柔軟性に欠けるという問題がある。今日のように経営環境も企業の業務内容も急速に変化する時代には、一人ひとりの仕事の範囲や権限・責任などをあらかじめ限定すると変化に適応しにくく、支障が生じやすい。
そして第3に、職務主義は雇用の流動性を前提にしているということを頭に入れておかなければならない。欧米のように解雇・転職が比較的容易な社会と違って、わが国では雇用主による解雇が厳しく制限されている。そのため社員が職務要件を満たせなくなったとか、会社として特定の職務が不要になったというような場合にも容易に社員を解雇できない。また働く側がスキルアップしてより有利な会社に転職しようと思っても、転職の機会はかぎられている。
◆時代に合った働き方の導入を議論する段階に
では仕事の範囲を明確にすることは不可能かといえば、そうとはかぎらない。拙著『なぜ日本企業は勝てなくなったのか ─個を活かす「分化」の組織論─』(新潮社)で書いたように、仕事の範囲や権限・責任を明確にする方法はほかにもある。
一つの方法は、会社のなかに自営業的な働き方を取り入れることだ。実際に中国や台湾などの新興企業では、特定の商品について企画・開発からマーケティングまで基本的に一人で担当したり、プロジェクトを一人で丸ごと受け持ったりするような働き方が広がってきている。
また営業や人事のような仕事でも、欧米企業などでは一人ずつ担当する地域や分野を明確に決めているケースが多い。製造現場も同様だ。わが国でも武州工業(東京都青梅市)のようにIoTを活用して「一人親方」制度を取り入れている企業がある。
これらは雇用労働と自営業との境界があいまいになりつつなることを示している。ちなみにアメリカではフリーランスが2016年時点で全労働者の35%に達したという推計があり、わが国でも複数の会社と業務請負契約を結んで働く「インディペンデント・コントラクター」が増加している。
ITのさらなる進化・普及によって業務がいちだんと効率化され、ネットワーク化して周辺業務のアウトソーシングがいっそう進めば、雇用と自営の中間的な働き方が一気に広がっていく可能性がある。そうすると労働時間による管理は無意味になるだろう。
いずれにしても時間ではなく仕事の成果や役割を基準にした働き方の広がりは、もはや逆らえない時代の趨勢である。いま提案されている高プロの導入や裁量労働の拡大がダメだとしたら、どこに問題があるのか、どうすればそれを解決できるかを議論すべき段階にきているのではないか。
経営者や与党は問題を克服していく方法をていねいに説明しなければならないし、労働組合や野党は政府案への代案を示すべきである。