しかし母親の負の因果が子に巡っている可能性もあるのです。およそ四半世紀ほど前、薬品の規制がなかった時代の話です。力強く走らせるために、牝馬には男性系のホルモン剤を打っていた。筋肉量を効率的に増やす方策で、どの厩舎でも日常的にやっていた。いわば牝馬育成の常識でした。そのホルモン剤の影響が、母親になったときにどのくらいのものなのか。検証できていないんですね。規制がしっかりとしている今から思えば、ゾッとします。
つまり、強い牝馬ほど、どんどん薬物が投与される。一方、それほど競走実績が芳しくない牝馬にはあまり注射されなかった。皮肉なことに、走らなかった馬のほうが、結果的に健康な母親になり、よい子を送り出す──そういった推論です。そこで、あくまで薬物の影響かどうなのかは不明なのですが、名牝の子はあまり走らないのではないか──となったわけです。さらに一般論として、強くても早く引退して繁殖に回った牝馬は、薬物の影響が少なかったのではないかというわけです。
近年ではクラシック2冠馬ベガを母に持つアドマイヤベガ(1999年)、桜花賞馬アグネスフローラの子アグネスフライト(2000年)、エリザベス女王杯を連覇したアドマイヤグルーヴの子ドゥラメンテ(2015年)がダービー馬になっています。角居厩舎でもオークス馬シーザリオの子が、エピファネイア(菊花賞・JC)、リオンディーズ(朝日杯FS)と2頭のGI馬を生んでいます。やはり競馬はブラッドスポーツなのです。
●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。2000年に調教師免許取得、2001年に開業。以後17年で中央GI勝利数24は歴代3位、現役では2位(2018年5月13日終了時点)。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカなど。本シリーズをまとめた『競馬感性の法則』(小学館新書)が発売中。2021年2月で引退することを発表している。
※週刊ポスト2018年6月1日号