◆対北朝鮮交渉経験者は1人だけ

 北朝鮮側の声明の意図はともかく、筆者は米国側の交渉能力に不安を感じている。トランプ政権内部で北朝鮮に精通した人物が不足しているうえ、実際に北朝鮮と交渉を行った経験を有する人物が1人しかいないということだ。

 かつて、北朝鮮の核問題を対話により解決するための「6カ国協議」の担当特使だったソン・キム駐フィリピン米大使がその人物だ。北朝鮮はこれまでに合計6回の核実験を行ってきているが、このうち2回目~5回目の核実験が行われた時期は、キム氏の在任中だった。

 キム氏は北朝鮮との交渉に奔走したといわれるが、結果的に北朝鮮に核開発を停止させるどころか、4回もの核実験を行わせてしまった。キム氏の交渉能力の高さは定かではないが、キム氏の努力が水泡に帰したことは確かだ。

 キム氏の後任として北朝鮮担当特別代表を務めていたジョセフ・ユン氏は3月に退任した。同氏の退任により、国務省は対北朝鮮交渉に精通した人物を失った。

 トランプ米大統領は未だに後任人事を行っていない。国務省は後任の特別代表は当分置かない方針としているが、実務協議の司令塔を置かず、ポンペオ国務長官がトップダウンで全てを取り仕切るということなのだろうか。

 対する北朝鮮は、対米交渉の経験豊かな人物が司令塔となっている。金桂冠(キム・ゲグァン)第1外務次官である。金氏は1992年以降の対米交渉で北朝鮮側代表などを務めてきた。

 また、実務協議で中心的役割を担うと思われる元北米局長の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官は、2000年代初めから6カ国協議や対米交渉などで通訳として関与してきた。金桂冠氏の発言を勝手に意訳していたことは有名な話である。

◆IAEAによる査察の限界

 このような手強い交渉相手の存在とは別に、トランプ政権を悩ませるのは非核化の手続きだ。おそらく、国際原子力機関(IAEA)が中心的な役割を果たすことになるのだろう。すでに日本はそれを見越してIAEAによる査察の初期費用を負担する方針を打ち出している。

 IAEAの査察とは、北朝鮮側が申告した核関連施設に対して、その申告内容が正しいのか現場に行って確認するというものだ。しかし、北朝鮮にはかなりの数の施設があり、核関連施設の場所や規模などの全容は把握されていないため、北朝鮮の申告に頼らざるを得ない。

 しかし、北朝鮮は見せたくない施設は申告しないだろうから、未申告の施設の取り扱いが問題となる。実際に、2008年6月に北朝鮮は核計画の申告書を提出したが、北朝鮮は未申告施設への立入りを拒否する姿勢を崩さなかった。北朝鮮が今回も同じ姿勢を取った場合、非核化は骨抜きとなる。

 もう一つの問題として、査察官の数が少ないことが挙げられる。IAEAの査察官は、毎年、78か国の1200か所以上の施設をおよそ2000回にわたって査察を行っている。IAEAの職員は2200人だが、査察官は約250人に過ぎない。世界中で査察を行っているため、長期にわたることが予想される北朝鮮の査察に、十分な査察官を投入することは難しい。

 この問題の解決策として、米国の専門家で構成される査察団が編成されるかもしれない。もともとIAEAの任務は査察であり、核兵器や核関連施設の解体などは任務ではないため、最終的に米国が専門家を派遣して核兵器などを国外に持ち出すことになる。

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