文芸評論家の富岡幸一郎氏
昭和六十一年五月、皇太子として語られた次の言葉は、今上陛下のこの三十年の象徴天皇の在り方の根幹にあるように思われる。
〈天皇と国民との関係は、天皇が国民の象徴であるというあり方が、理想的だと思います。天皇は政治を動かす立場にはなく、伝統的に国民と苦楽を共にするという精神的立場に立っています。このことは、疫病の流行や飢饉にあたって、民生の安定を祈念する嵯峨天皇以来の写経の精神や、また「朕、民の父母となりて徳覆うこと能わず。甚だ自ら痛む」という後奈良天皇の写経の奥書などによっても表れていると思います〉
今上陛下は天皇に即位されたとき、〈常に国民の幸福を願いつつ、日本国憲法を遵守し、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たす〉との誓いを述べられた。憲法を「遵守」しつつ、この国の長い歴史を貫いてきた歴代天皇の伝統と精神を受け継ぐことを、象徴天皇の本質的な在り方とされてきたのである。今上陛下のお言葉の響きの底にあり、「天皇とは言葉である」という言霊の力の礎となっているのは、このような時空を司る「伝統の継承者」としての覚悟といってよいものだろう。
本年の終戦記念日の「全国戦没者追悼式」で、今上陛下は天皇として最後のお言葉を語られた。ゆっくりと壇上にあがられ、戦没者の白木の標柱に深々と頭を下げられた。
〈ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります〉