2席目は『宿屋の仇討』。宿屋に泊る際「静かに眠りたい」と若い者(伊八)に注文を付けた万事世話九郎という侍が、隣り合わせた江戸っ子3人組のドンチャン騒ぎに閉口して起こる騒動を描く滑稽噺だ。
何度も伊八に咎められ、おとなしく寝ようとした3人組の1人が「3年前に川越で小柳彦九郎という武家の奥方と密通し、現場を亭主の弟に見られて2人を殺した」と自慢。それを聞いた世話九郎は伊八を呼び「拙者まことの名は小柳彦九郎、ついに仇に巡り合った。今すぐ斬り捨ててくれる!」と言い出す……。
上方の『宿屋仇』が「三代目小さん系」「八代目正蔵系」「三代目三木助系」の3系統で東京に伝わった噺で、奥方と弟を殺された武家の名がそれぞれ違う。市馬の「小柳彦九郎」は小さん系。『阿武松』と「小柳」繋がりでこの噺を選んだのかどうかはさておき、市馬はオッチョコチョイな江戸っ子3人組の間抜けな慌てっぷりを楽しく描き、大いに笑わせてくれたのだった。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2018年11月16日号