これらの短編はみな「文藝」に載った。前作『ジャックはここで飲んでいる』の作品群は「文學界」に載った。四十年前の「マーマレードの朝」「給料日」といった傑作を私に回想させもするが、時代と文芸誌の方が、七十代後半に至った片岡義男に近づいてきたのだと実感する。
『ジャックはここで飲んでいる』のジャックはジャック・ダニエル、バーボン・ウイスキーの銘柄だが、この表題作は長谷川伸『瞼の母』のみごとな翻案で、『瞼の父』『瞼の妹』という題名でもいい。クサくないとはいわないけれど、これだけの技量で提示されると、つい「ほろり、泣いたぜ」とつぶやきたくなる。
※週刊ポスト2018年11月30日号