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【香山リカ氏書評】「部族」どうしでいがみ合う現代社会

『操られる民主主義』/ジェイミー・バートレット・著 秋山勝・訳

【書評】『操られる民主主義 デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』/ジェイミー・バートレット・著 秋山勝・訳/草思社/1600円+税
【評者】香山リカ(精神科医)

 本書には、私たちがすでに片足を突っ込んでいる、あまりに恐ろしい近未来が描かれている。まず、著者は「ここ数年、さまざまな情報や理屈を抱えながら、私たちは部族へと後退していった」と言う。これだけを見ると、多くの人は「そんなバカな」と言うかもしれない。

 しかし、ネットによって「共通する不平の意識」を持つ人たちが集まりやすくなり、直観や感情に従って過激な発言をし、ときには行動に移していく。「炎上」と呼ばれるネットの騒動などはこれにあたると考えれば、たしかに私たちは部族化していると言える。著者は、「トランプこそわが部族を救い出すためにやってきたリーダー」と考える人たちが彼を大統領に押し上げたと述べるが、それもその通りだろう。

 そして一方で、AIは着実に進化し、これまで人間が苦労してやってきたことを簡単に正確にやってのける。すると何が起きるか。「モラルと政治に関する大部分の判断を、人間がコンピュータに委ね始める」というのだ。著者はそれを「モラル・シンギュラリティ」と名づける。

 社会の重大な決定はAIにまかせ、人間は不平不満や怒りで結ばれた「部族」どうしがいがみ合い、足を引っ張り合うことになる。人間的なモラルは崩壊するので格差はますます拡大し、誰もそれを是正しようとはしないだろう。もちろん、民主主義などというシステムはすぐに吹っ飛んでしまうことになる。

 本書に書かれていることが本当なら、私たちはこれから悪夢のような時代を迎えることになる。ただ、著者はそれを防ぐための20の処方箋も文末につけてくれる。「個人としての意見を持つ」「集中力を維持する」などそれらはいずれも常識的な提言だが、それをしっかり守ってテクノロジーから社会、政治そして自分を守ることができなければ、あなたの子どもや孫を待つのは血で血を洗う“部族社会”なのだ。少しでも次世代のことを考える人にはなんとしても読んでほしい一冊だ。

※週刊ポスト2019年1月18・25日号

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