大阪市は政令指定都市のなかで虐待相談件数が最も多いにもかかわらず、市内に児相は2か所しかなかった。そこで3か所目として白羽の矢が立ったのが同マンションだった。
大阪市児相の所長を務めた経験があり、現在はNPO法人児童虐待防止協会の理事長として活動する津崎哲郎さんが振り返る。
「それ以前にも児相設立計画がありましたが、いずれも近隣住民の反対で頓挫していました。そこで打ち出したのがマンション内に児相をつくるという“ウルトラC”だったのです」(津崎さん・以下同)
しかしここでも地元住民は猛反発する。2016年9月に開かれた住民説明会では、“なんで、ここなんや!”“住民の安全性を考えないのか!”という住民の反対意見が相次いだ。マンション周辺には反対と書かれたのぼりが掲げられたという。住民アンケートは全360戸中、賛成17件・反対235件という惨状だった。
「反対の理由として最も多かったのが、児相に非行の子が一時保護されることで、地域の治安が不安になるというものでした。住民からは『子供が児相から逃げ出して迷惑行為をしたら、誰が責任を取るのか』『非行の子供がいることで地域のブランド力が下がり、土地やマンションの価格が下落する』との声が寄せられました」
疑念を払しょくするため、大阪市は相談センターと居住スペースの出入り口を別にして、マンション内で双方の行き来ができないようにするなどの対応策を示した。しかし、不信感を募らせた住民は聞く耳を持たず、“タワマン児相”は断念に追い込まれた。
同マンションに住む40代女性はこう語る。
「当時はもちろん、ウチも反対しました。保護されている子供が施設から出てきて、私たちの居住棟に入り込んだらどうするのかと思ったし、せっかく買ったマンションの価値が下がるのも嫌だった。近隣ならまだしも、住居と同じ建物にできるというのに抵抗感もありました。だから、市があきらめてくれた時は正直ホッとしました」
評論家の呉智英さんは、「反対住民にも三分の理がある」と指摘する。
「世間一般の人は『児相があってもいいじゃないか』との意見でしょうが、当事者にしてみれば、“終の住処”として購入した場所で損害が発生する可能性があることに目をつぶるのは難しい。児相設立という公権力によって市民の権利が制限され、実害が生じるかもしれないと言及することへの批判は、可能な限り慎重であるべきです」
※女性セブン2019年1月31日号