イチローの成功は河村健一郎氏の力も大きかった(共同通信社)
当時の一軍首脳からは、後に一世を風靡する「振り子打法」(これはマスコミに命名されたもので、イチローと私の間では「一本足打法」だと考えていました)も批判されましたね。右足を踏み込んで体重移動すると、軸がぶれるからダメだと。確かに並の打者だと、頭が前に出て体が泳ぎやすくなり、球を捉えにくくなります。ただイチローの場合は、右足に合わせて左足も同じようにずらすことができ、頭と両足が作る二等辺三角形が崩れないので軸がぶれない。それにいろんなタイミングで打つことができる天才的な感性がありましたから、彼の能力からすれば非常に理に適ったフォームだったのです。
イチローも私も「今の打ち方で通用する」という確信がありました。だからイチローには土井監督らの意見を伝えたうえで、2人で話し合って、打撃、そしてフォーム矯正の受け入れを拒否することを決めました。
ただこれができたのもイチローに強い信念があったから。並の選手なら、やはり試合に出たいからと変更に応じるでしょう。でも、もしこの時にフォームを変えていたら、プロ野球初となるシーズン200本安打はもちろん、メジャーでの活躍や、WBC韓国戦でのあの劇的な一打もなかったかもしれません。彼に頑固さがなければ歴史が変わっていたと考えると、背筋が寒くなります。
●取材・文/鵜飼克郎
※週刊ポスト2019年5月3・10日号