また、呉は母の筆跡を似せて、書類を偽装するなどして、母親名義で100万元(約1700万円)を借りていたという。同年10月に福州市内のホテルで姿が確認されたのを最後に、行方が分からなくなっていた。
その後、母の遺体は2016年2月、学校内で発見され、呉の犯行が発覚。呉は3年に渡り福建省福州市、河南省、上海市、重慶市と各地を転々としながら逃走生活を送ったという。
その間、呉は2015年12月に北京大学のクラスメートの前に現れ、「博士課程を取得するため、アメリカの大学に留学する」などと語り、以来、大学には姿を見せなくなったという。
呉の人柄をよく知るクラスメートらのなかには、呉が逮捕されたいまも、「呉の犯行だとは信じられない」と語る者もいるという。
彼らの間では、呉は性格がとても穏やかで、友人との間にもトラブルはなく、父親を早くに亡くしたため、一人で実家にいる母親を思い、大学内から頻繁に電話する姿が目撃されていた。今後の取り調べで、事件の闇が明らかになってくるとみられる。