玉の井といえば迷路のような路地が交錯し、あちこちに「ぬけられます」の看板があった。客は通り抜けられたが、“籠の鳥”の女たちは抜けられなかった。荷風はあくまでも外から客として来る観察者でしかなかった。「探訪者」として玉の井のかなり奥まで入りこんだが、それでも娼婦たちを買い、観察する客であることは否定出来ない。
戦場で目の前で死んでゆく兵士たちを観察し記事にする記者と同じように、荷風もまた「観察者」としてのうしろめたさ、自分はしょせんは客でしかないという部外者意識を持ったに違いない。『ぼく東綺譚』を論じる難しさである。著者はその困難に誠実に向き合っている。学者の文章の固さはあるが荷風好きには必読の書。
※週刊ポスト2019年7月12日号