翌六一年に再び受験し今度は合格、第十三期生として入所することになる。
「決して恵まれた生活をしていなかったので、三年間の養成所時代ずっとバイトをしていました。銀座八丁目に『お多幸』というおでん屋さんがありまして、そこで住み込みで働いていましてね。銀座から六本木まで路面を走る都電で通っていました。
夜の十二時くらいまで働いていましたので、他の皆さんは授業後に自分なりに個別に稽古していたのですが、そんな時間は僕には全くありませんでした。
その時間的なハンデをなんとかクリアして意地でも皆さんより上にいこうという想いがあって、地下鉄の車両の連結部が今よりも音が凄かったのでそこで発声練習をやったりね。
それから、おでん屋さんは細長い店だったので、奥にある調理場近くにいる時にお客さんが入ってきたら『いらっしゃーい!』って大きな声を出したり。そうすることで、実質的な生活に繋がる声を出すことを身につけていきました。
ですから、恵まれた環境で俳優修業をやっていたわけでは決してないんですよ」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
■撮影/黒石あみ
※週刊ポスト2019年8月16・23日号