実は、この日の『ぞおん』には「スーパーゾーンに入ると町ごと別の時間軸の並行世界に跳ばせる旦那」というくだりがあった。この旦那は「審判者」で、先日も大きな事件をその力で解決したのだという。これは通常の『ぞおん』にはない設定だ。そして「中」には『ぞおん』の番頭が登場して前澤と話している。
吉笑は「中」で「この時代には不思議が多い。大きな変化が幾つも起きている。どうやら時間遡行者がいるようだ」と前澤に語らせているのだが、この「時間遡行者」とは「審判者」のことだろう。そして史実よりも早い黒船の来襲とも、おそらく密接な関わりがある。
『鈴ヶ森』『片棒』も含め、この日は会全体が一つの大きな仕掛けになっていた。彼らの師匠(志らく・談笑)も複数の噺を一つの流れに集約させる独演会をやっていたが、弟子2人がタッグを組んでそれをやったのは感慨深い。まだ「審判者」の伏線が回収されていないことを考えると、『前澤友作物語』には続編があるかもしれない。楽しみだ。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2019年9月6日号