【著者に訊け】はらだみずき氏/『銀座の紙ひこうき』/1700円+税/中央公論新社
日本一の繁華街・銀座はその実、紙の街でもあった。各製紙会社が本社を置き、専門卸商社や書店も昔から多い理由を、はらだみずき著『銀座の紙ひこうき』の主人公〈神井航樹〉がこう推察する場面がある。曰く、江戸の昔から商業で賑わい、維新後、新聞社や出版社が次々にできた銀座は、古くから人々や情報が行き交う〈メディアの街〉だったと。
「あくまで僕の推理ですけどね。昔の瓦版も紙製ですし、運河が流れ、物流的な利もあった銀座に、紙屋もまた集まったのだろう、と」
自身、紙卸の専門商社や出版社を経て作家となり、1987年春、銀座2丁目に社屋を構える〈銀栄紙商事〉に入社した航樹とは同世代。小説家を志し、大学を留年してまで出版社を受けるも結果は惨敗。縁あって銀栄に就職し、仕入部で激務にあたる航樹には、〈本は紙でできている〉という自明の事実だけが、拠り所だった。人は必ずしも望んだ道に進めるとは限らない。その時、ままならない今とどう向き合うかを巡る、これは誰もが一度は通過する社会的青春と、生き方の物語だ。
本書は、後に作家となった主人公が進路に悩む大学生の息子に複雑な思いを抱く場面で始まる。〈自分も息子と同じだった〉〈社会に出て働くことさえ、こわかったような気がする〉と。
「実は僕も娘が就職で悩んでいる時につまらないことしか言えなかったんですよ。その会社の資本金はいくらか、とか(苦笑)。でも本当に伝えたいのはそんなことじゃない。大事なことを簡潔に伝えるのが元々下手な僕は、だから小説を書いているんだと思います」