日本の認知症研究の第一人者・長谷川和夫医師(90)は2年前、嗜銀顆粒性認知症になったことを公表した。認知症の診断で用いられる「長谷川式簡易知能評価スケール」を開発した精神科医だ。
曜日の感覚があやふやになったことや、家を出てから、鍵をかけたかわからなくなって、何度も家に戻るようなことを繰り返すようになった。当初はアルツハイマー病を疑ったという。
長谷川医師は、前々から「認知症というのは地域、町全体で取り組まなければいけない問題」と主張してきた。だから、自身の病気のことも「自分一人で抱え込んでいたら絶対にだめ」と考え、カミングアウトした。
この考え方には、ぼくも賛成である。ぼくの住む長野県茅野市では、「子ども、フレイル、認知症」という3つのキーワードをあげて、新しい町づくりをすすめようとしている。認知症は治すことはできないが、人の理解があり、モノや環境、しくみなどが整備されていれば、ずいぶん暮らしやすくなる。
長谷川医師が発症して実感したことは、「認知症は連続している」ということだという。認知症になったからといって突然、別の人間になるわけではない。そこで人生が終わるわけでもない。デイケアに通うようになって、今まであまり出会わなかったような同年代の人と親しくなった。地域の床屋さんや喫茶店のマスターとも親しくなったという。認知症になってもいろんなことができ、新たな体験を積み重ねていくことができるのだ。
今、長谷川医師が心がけているのは、「明日やれることは、今日手をつけること」。明日こうしようと思っている今の自分の力を信じて、日々を誠実に生きているなと感じた。