「私自身、彼らと話す中で何度もハッとさせられたし、原稿を書いていても『これは手が書いてるの? 脳が書いてるの?』とか『これって本当に私の手?』とか、なんだか自分の体が不安に思えてきちゃって(笑い)。そういう発見の場に本書がなれば嬉しいし、読書すること自体が自分とは違う体と出会う行為だと思います。
私は昔から本が何かしら人を変えることに可能性や面白みを感じていて、単なる知識の伝達や論理的説得よりも、読者をじわじわ、内側から揺るがす形でしか、特に他人の体の感覚なんて伝わりようがない。例えば小説を読む間はその作家の文体に身を委ねるように、この本を通じてインストールされた12人分の体との違いを感じることで自分の体の輪郭が見えてきたら面白い体験だと思います。
今はダイバーシティ等と言うわりに何も進んでないし、同じ多様性なら私は一人の人間の中の多様性を大事にしたい。人間関係が固定化し、障害者が障害者を演じなくちゃいけない社会なんて、誰にとっても幸せとは言えませんから」
あらゆるレッテルを拒み、私とあなたの違いに敬意をもって目を凝らす彼女や、高い意識と言語能力をもつユニークこの上ない12名に感謝したい、人間が豊かでより面白く思えてくる良書である。
【プロフィール】いとう・あさ/1979年東京生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。元々は生物学者志望だったが、東京大学3年次に文転。2010年に同大学院人文社会系研究科基礎文化研究美学芸術学専門分野博士課程を修了。文学博士。専門は美学、現代アート。今年8月までマサチューセッツ工科大学客員研究員。著書は他に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』『目の見えない人は世界をどう見ているのか』『目の見えないアスリートの身体論』等。160cm、A型。
構成■橋本紀子
※週刊ポスト2019年12月6日号