石井ふく子は舞台も演出しており三田村もそうした作品に多数出演している。
「石井さんはご自分で動いて演出されます。その所作が綺麗なんですよ。
たとえば坂本冬美さんの舞台の時のことなんですが。冬美さんが逃げようとするのを僕が捕まえて引っ張って抱き寄せようとする。それを石井さんが男女双方やってくれるんですが、これがまあ見事なんです。
力を入れてないのに、石井さんが引っ張ると綺麗に冬美さんが懐に引っ張られるんです。僕が最初にやった時は、体を使ってグッと引っ張りました。すると石井さんは『動かないで、そのまま真っ直ぐ立って、手だけで引っ張って』って。石井さんが見本を見せてくれると、それが全く不自然じゃないんです。冬美さんと二人で『これは難しいぞ、難しいぞ』と言いながら毎日やっていました。
大事なのは引き算なんですよね。要するに過剰なことはしない。俳優はできるだけ大げさな芝居はしない。やはり、そこに行きついてくるわけです。
僕らの仕事は、いつも吸収するものばかりなんですよ」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中
■撮影/黒石あみ
※週刊ポスト2020年2月7日号