シュミットは思想のみならず当人も忘れられていった。亡くなったのは一九八五年四月七日。当年九十七歳。まだ生きていたのかと驚かされた。老人施設で人に知られず、独り亡くなったらしい。
朝日新聞が訃報を載せたのは、二ケ月たった六月四日。その半月後の六月二十日に訂正記事が出た。「死亡記事」の「カール・シュミット氏の写真は別人のものでした。訂正します」。顔も忘れられていたのだ。ウィルヘルム・シュミットの写真だったりして。
歴史を翻弄し歴史に翻弄されたカール・シュミットだが、我々はそのリアルな政治観から学んでおかなければならない。
今回の緊急事態宣言は遅きに失した感がある。もう少し迅速なら罹患者・死亡者はさらに少数だったろう。一方、宣言の根拠となる改正特措法に反対した山尾志桜里衆院議員の「緊急事態宣言は基本的人権の制限効果をもたらす」という批判も間違ってはいない。事実、緊急事態宣言によって軽度なものであれ人権制限は生じた。
秩序を護り人命を護るために人権が制限されなければならないことが「例外状況」には起きる。そのことを我々は忘れていたか、気づかなかったのである。戒厳令(戒厳状態にする法令の意)に関する議論も進めておく必要があるだろう。
●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会理事。近著に本連載をまとめた『日本衆愚社会』(小学館新書)。
※週刊ポスト2020年6月12・19日号