「渡さんの父親が亡くなった際には、葬儀での渡さんと麗子さんの並びを切り取って報じられたこともあります。確かに、2人が並ぶと絵になるんです。渡さんの奥さまから麗子さんのところに電話が来て、『誤解されないように、ちゃんとしてください!』と注意されたこともありましたが、麗子さんは『これ以上どうちゃんとすればいいのかしらねぇ』と漏らしていました(笑い)。
渡さんは女性に対してヘンな過ちは絶対に犯さない人。だからこそ、大原も信頼し、慕っていたんです」(佐藤氏)
1978年に大原さんと渡瀬さんは離婚。その後、大原さんはギラン・バレーを再発。仕事もなくなり、2009年に自宅で孤独死した。
激動の半生を送った大原さんだが、晩年になっても渡さんを慕う気持ちは変わらなかったという。
「『おにいさまは私の恩人だ』と折に触れて話していました。渡瀬さんが離婚後も麗子さんを支えていたことは知られていますが、渡さんもまた、ずっと麗子さんのことを気にかけてくれていたそうです」(同前)
※週刊ポスト2020年9月4日号