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2020.09.24 11:00  女性セブン

岸部四郎さん 「やる気はないのにトントン拍子」の芸能人生

1969年、ロサンゼルスに滞在していた岸部さんは急遽帰国。到着直後の羽田空港で記者会見。ザ・タイガースの新メンバーになることが発表された

 岸部四郎さん(享年71)が、8月28日に亡くなった。最後の公の場は2013年の東京ドーム。ザ・タイガースの再結成コンサートで、沢田研二(72才)や兄の岸部一徳(73才)らが見守るなか、ザ・ビートルズの『イエスタデイ』を歌った。車いす姿だった。

「かなりやせていて表情も固まっていました。ジュリーの問いかけにも表情ひとつ変えず、言葉も“歌う”の一言だったので心配したのですが、歌い始めたら音程も完璧で、何よりすごく優しい滑らかな歌声だったんです。気づいたら涙が出ていました」(60代の女性ファン)

 ステージからの去り際、岸部さんはファンに手を振った。その左の手のひらには、油性ペンで書いたとおぼしき「トラブル」の文字がくっきりと浮かび上がった。

「“トラブルなんて昨日までは何もなかったのに”という『イエスタデイ』の歌いだしの歌詞と自分の波乱万丈な人生を掛けた、四郎さんお得意のユーモアだったのでしょう。突然、最愛の女性が去ってしまう悲しさを歌ったこの曲も、四郎さんの人生とピタリと重なりました」(前出・女性ファン)

 岸部さんの人生は、確かに歌にしたくなるほどドラマチックだった。すでに大人気だったザ・タイガースのメンバーになったのは、一本の電話がきっかけだったという。

「岸部さんは当時、アメリカに留学していたんです。そこへ、すでにザ・タイガースのメンバーとして活躍していた一徳さんが電話をして、“立っているだけでいいから”と呼び戻したんです」(芸能リポーターの城下尊之さん)

 ギターの加橋かつみ(72才)が脱退することになり、その代わりのメンバーとして白羽の矢が立ったのだ。

「最初は“エアギター”で、その後はタンバリンを持って舞台に立っていたぐらいで、岸部さんは楽器がまったくできない。“みんなの邪魔をしちゃいけない”と、タンバリンの金属部分の隙間に詰め物を入れて、振っても音が出ないように細工していたそうです」(前出・城下さん)

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