同じバーで別々の日に一人で飲み、交わることなくそれぞれ思い出をマスターに語る現在の二人。互いに失恋し、挫折を味わい、夢を捨てられず落語家と演劇人の道に進み、付かず離れず生きてきた二人の様々なエピソードが、時を超えて語られる。
本当の気持ちをぶつければよかったと悔やむ二人。若い頃はいつも一緒に泥酔するまで飲み、私鉄の中で寝過ごしては終点で共に朝を迎えた。そのエピソードが形を変えて“今の二人のこと”として描かれるエンディングは秀逸だ。挿入歌のように歌われる伊藤咲子の『乙女のワルツ』が胸に沁みる。
酔いが回った彼らがマスターに向かって「一杯のお客さんの前で思いっきりやりたいよ。あいつも同じだと思う」と異口同音に嘆くのは、去年までにはなかった台詞。この台詞が“令和2年バージョン”だけで終わることを祈らずにはいられない。
【プロフィール】
広瀬和生(ひろせ・かずお)/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。2020年1月に最新刊『21世紀落語史』(光文社新書)を出版するなど著書多数。
※週刊ポスト2020年10月9日号