学術会議声明は「戦前の裏返し」
〈こうした極端に理想的な平和主義は、やはりイデオロギーと呼ぶべきものでしょう。[中略]個人としてどのようなイデオロギーを持とうが勝手ですが、すべての人に一つのイデオロギーを押しつけ、従わない人は審査制度を作って取り締まれというのは、私には「戦前の裏返し」にしか見えません〉(同前)
戸谷教授がそう批判した学術会議の声明は、日本の研究者の総意であるように思われがちだが、実際は学術会議総会での決議を経ていない。幹事会の決議のみで決定し、公表された経緯があるという。
「学者の国会」と称されることもあるが、そもそも学術会議の会員は選挙で選ばれるわけではなく、現在は会員による推薦で次期会員の候補者が決まるシステムが採用されている(任期は3年)。その幹部が学術界全体のルールを決め、会員ではない研究者の研究まで縛ろうというのであれば、それはある意味で“独裁的”とは言えないか。
戸谷教授は前述の論考でこうも指摘している。
〈安全保障と科学についての議論は、第2次大戦におけるわが国の状況に対する反省から始まっているわけですが、学術界として何を反省すべきかと言えば、それは「軍事研究をしたくない人に強制的にさせてはならない」ということに尽きるのではないでしょうか〉
「多様性や研究の自由が縛られる」
学術会議の声明を受け、北海道大学は、防衛省の研究助成制度(防衛装備庁「安全保障技術研究推進制度」)に応募し助成を受けていた同大研究者に、助成の継続を辞退させていたという。その研究テーマは、「船舶の航行時に水の抵抗を減らす技術」についてだった(『産経ニュース』2018年6月8日付)。
「すべての研究者に軍事に関わる研究を禁止すること」こそ学問の自由の侵害であり、学問の自由を守るとは「軍事研究をしたくない人に強制的にさせないこと」だとする戸谷教授の指摘は、正論と言うほかない。
研究者の多くが先の声明に口をつぐむ中、公に学術会議を批判した理由を戸谷教授に訊いた。
「学術会議から声明が出て、天文学会でも年長者の先生方が同じ方向で意見をまとめようとする動きがあり、このままでは意見の多様性や研究の自由が縛られるという印象を持った。特に、若手の研究者の間に萎縮して意見を言えないような雰囲気があって、私のような世代(編注・戸谷教授は48歳)が代弁すべきと思ったのです。若手からは『よくぞ書いてくれた』、年長者のある先生からは『反省したよ』と言われました。学術会議側からは特に何も反応はありません」(戸谷教授)
戸谷教授の論考が掲載された『天文月報』2019年1月号には、学術会議声明を支持する立場からの論考も同時掲載されている。同誌は「安全保障と天文学」と題したシリーズを展開しており、少なくとも日本天文学会では、多様な意見を認めるムードがあったと言えるかもしれない。
現在の任命拒否騒動を、戸谷教授はどう見ているのか。