西武園ゆうえんちの新たな「顔」づくり
「西武園ゆうえんちは1950年に開園しています。当時は、遊園地の存在そのものがまだ珍しかった時代でした。歴史があるだけに、一般の方から懐かしさや古い遊園地というイメージこそ持たれていますが、それ以上に語るべき特徴、つまり遊園地としての『顔』が見えなくなっていたんですね。
あそこに行ったらどんな体験が得られるのか、人々が想起できない。そうなると、消費者が持つ選択肢のサイコロの中に西武園ゆうえんちはなかなか入ってきません。まったく特徴のない人の顔が記憶できないのと同じで、西武園ゆうえんちを知ってはいても、具体的に想起できる顔がないがゆえに、認知が貯まっていかないわけです。そこが最大の課題でした。
開園から70年経って老朽化も進んでいた「西武園ゆうえんち」
西武園ゆうえんちの新しい顔を作る際、これまで70年の長きにわたって運営してきたわけですから、従来のベクトルの延長線上に解を見つけないといけません。企業や事業を復活させるには、その企業が持つDNA、原点に立ち返ることが重要だからです。
では、西武園ゆうえんちのDNAとは何なのか。よくよく考えた結果、懐かしさや古さ、昔ながらの遊園地という消費者が持っているイメージを、どううまく逆手に取れるか、古いことがいいことだという文脈をどうやって作り出すか、に辿り着きました。そのほうが斬新で面白いと。さらにリニューアル投資も少なくて済みます。この構想で西武園ゆうえんちを復活させようと考えました。
西武鉄道を中核とするグループですので、さすがと言うべきか、西武園ゆうえんち内の施設のメンテナンスはとてもきっちりとやられていますし、植栽の手入れも行き届いています。ただ、変わりゆく世相に合わせた企画が足りなかったのです。ですから、園内はレトロでいいものがいい状態で残っている。これを最大限に活かさない手はありません。
私の子供世代ともなると、“昭和”という時代性は、もうファンタジーの世界です。だからこそ、若い世代にとって昭和レトロなものは新鮮で面白く映る。一方、昭和をよく知っている世代にとっては懐かしく感じるわけで、老若男女を囲い込める、唯一無二の存在になるようなコンセプトを描いてみようと考えました。
西武園ゆうえんちのある所沢というロケーションは、東京都心部からはやや距離があり、そこを埋めようとか抗おうと考えるのではなく、西武園ゆうえんちを通じて、所沢に彩が加わり、所沢という街の魅力が上がって素敵になればいい。そうすれば東京を含め、広域から人が出かけるようになる。それが所沢の地元の方の誇りになり、自慢にもなります。そういう状態をどう作るかというプロジェクトでもあるのです」