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志村けんさん 番組構成作家が目の当たりにしたストイックさ

志村けんさんの突然の訃報には日本中が悲しんだ(Getty Images)

志村けんさんの突然の訃報には日本中が悲しんだ(写真/Getty Images)

 まだ、その重大さに気付いていなかった日本人に、コロナの恐ろしさを知らしめたのが、志村けんさんの訃報。3月29日に逝去したことが伝えられると(享年70)、日本中が驚きと悲しみに包まれた。

 志村さんは1968年、ザ・ドリフターズの付き人に。1974年、荒井注に代わって正式メンバーとなる。『アイーン!』『東村山音頭』『変なおじさん』など世間に浸透したギャグ多数。西武線・東村山駅の前には“志村けんの木”が植えられている。江戸川大学教授の西条昇氏が、志村さんの思い出を語る。

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 私は『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』(TBS系)に構成作家として関わり、志村さんのストイックさを目の当たりにしました。

 毎週木曜15時からの会議では作家のコント台本を見た後、机に突っ伏して1点を見つめ、1、2時間くらい沈黙が続きます。そこからアイデアを練り出し、終了は深夜1時超えもザラでした。六本木の輸入レコード店で欧米のコントビデオを大量に入手し、飲んで帰った日も毎晩必ず研究していたそうです。

※週刊ポスト2020年12月25日号

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