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2020.12.26 07:00  週刊ポスト

青空球児が語る内海桂子さん「誰からも慕われる重鎮でした」

内海桂子さんの思い出を漫才師の青空球児が振り返る(写真/共同通信社)

内海桂子さんの思い出を漫才師の青空球児が振り返る(写真/共同通信社)

 年末年始がお笑い芸人が活躍する時期だが、寂しいのは内海桂子さんの姿が見られないこと。内海さんは2020年8月22日、97才で亡くなった。幼い頃から三味線の修業を積み、16歳の1938年に初舞台を踏む。1950年に内海好江と漫才コンビを結成。1989年には紫綬褒章を受章し、1998年から漫才協会の会長を9年間務めた。近年はツイッターでも発信を続け、若者からの支持も集めた。

 内海さんについて、漫才師の青空球児が振り返る。

 * * *
 漫才協会の数人で、テレビ局に漫才の番組を制作してほしいと交渉に行く時、桂子さんがいると話がまとまりやすかった。演芸場でもトリに「内海桂子」と名前があると、同じ漫才師として安心できた。

 存在感があり、自然と場を引き締めてくれる人。食事に行けばいつも全員分を奢ってくれる。誰からも慕われる重鎮で、最後の舞台になった去年12月も何か話すだけで笑いを取っていた。“生涯芸人”でした。

※週刊ポスト2020年12月25日号

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