大九監督は映画公式サイトにて、〈のんさんは怒りの表現が見事で、あんなに柔らかい空気を漂わせていながら、内側に高温のマグマみたいなものを持ってる人だと思います〉と評している。そして、怒りというのは、のんが表現において重視している感情でもある。のん自身は過去に「喜怒哀楽の中で、怒りが一番お気に入りの感情なんです。怒っている状態にあることが楽しい。負の感情として放出するよりも、ポジティブなエネルギーというか、明日に進む力として怒りを使っていきたい、と思っていますね」(withnewsインタビュー記事での発言より)と語っていた。みつ子の爆発を魅力的に描くために、のんが起用されたのではないだろうか。
映画批評家の常川拓也氏は、みつ子というヒロインを見事に演じたのんを「宝」と称賛する。
「『私をくいとめて』で能年玲奈ことのんが演じるみつ子は、脳内の相談役とああでもないこうでもないと対話しながら街を散策し、ひとりで買い物や食事を謳歌する。端から見れば独り言を吐く妄想癖が強い人物にもなりかねないが、のんは、イマジナリー・フレンドとともに日常の中に小さな幸せを発見していく女性として、みつ子を楽しく軽やかに印象づけている。まるで不条理が蔓延るこの世界で何ひとつ汚染されていないかのように純粋で明るく、また子どものような想像力と喜びを持って演じてみせるのである。
同時に、みつ子のシャイで不器用な素振りの中に、人と親密になることへの恐れや性差別への怒りも表現する。新鮮さと脆弱性、そして忍耐強さを組み合わせたところにのんの優美さはあるだろう。キューピー人形のような素朴な目を持ち、理不尽な抑圧から自由になろうと望む彼女のイノセンスと『女の子パワー』がスクリーンに横溢する。ウィルスに封じ込められた時代に、それは宝のような輝きを放っている」(常川氏)
のんとみつ子の抱える怒りとは、曇りなき眼で世界を見つめる純粋さと表裏一体のものだ。怒りのマグマが噴火したとき、その姿は何より煌めく。
●取材・文/原田イチボ(HEW)