生き残るために「やめた」こと
そして小原氏は昨年7月1日、従業員に向けて「『和多屋別荘』の5文字。嬉野で事業を続けること。いま自分の目の前にいる120名の従業員。この3つ以外は全部変える、という気概で臨む」というメッセージを伝えた。
それまでも変化を恐れず、さまざまな施策を打ってきたが、さらなる改革を断行することにした。使っていなかった巨大な調理場や25あった宴会場を閉鎖。婚礼の取り扱いもやめた。組織の構成もスリムに変更し、不要な会議もなくした。すべては「生き残るため」である。
「コロナ禍はたしかに旅行業界を激しく揺さぶる出来事でしたが、そもそも、その前からお客様が減ってしまった温泉地、温泉旅館が全国にあり、再生が大きな課題になっていました。温泉地はコロナに関わらず、すでに深刻な状況だったのに、古い体質のままなんとなく来てしまっていた。
ポストコロナを迎えたとき、日本の観光地はほぼ間違いなく一度、焼け野原のようになってしまうと、私は考えている。そんな状況でも生き残る可能性があるのは、変化を恐れない旅館、イノベーションを起こせる旅館です」(小原氏)
そんな小原氏が現在、意欲的に取り組んでいる事業が「サテライトオフィス」と「ワーケーション」だ。サテライトオフィスについては3年ほど前から構想しており、偶然、ローンチがコロナ禍のタイミングと重なった。
そして、サテライトオフィス事業を土台に、さらなる地域活性化を視野に入れつつ、力を入れたいと意気込むのがワーケーション事業である。いずれも小原氏と、東京を拠点にプロモーションや地域創生などを手がけるイノベーションパートナーズの本田晋一郎社長の2人がパートナーシップを結んで展開している。
老舗旅館の「サテライトオフィス」賃料は月額17万5000円
事業化にあたっては、佐賀県と嬉野市が積極的に取り組む企業誘致制度を活用。1室の賃料70万円のうち、半分の35万円は佐賀県が、4分の1の17万5000円は嬉野市が補助してくれるので、入居する企業は月に17万5000円の費用で利用することが可能だ。ただし、嬉野市に住民票を置く人材を3人以上雇用することが条件で、イノベーションパートナーズが和多屋別荘への立地契約第一号となった。
なお、賃料の負担額が抑えられてはいるが、実際に入居するにあたっては室内の改装費、デスクや椅子といった設備費、現地での採用コストなどといった初期費用が発生することになる。イノベーションパートナーズの例でいえば、室内の改装に300万円ほどかけたという。
和多屋別荘がサテライトオフィスとして貸し出している部屋は、客室として利用する場合、一泊で1人1万円~1万5000円程度の料金。その部屋を稼働率100%で回せたとしたら、1室あたりの売上は月に百数十万円ほどになる。そこで本田氏は、3年契約を基本とし、賃料のディスカウントを交渉。月額70万円の賃料で落着した。
「どんなに客室利用にこだわったところで、空室であれば収益はゼロです。実際に部屋が余っていて、『この部屋をオフィスとして有効活用したい』というニーズがあるのであれば、それに前向きに応えるのは当然の判断だと思います」(小原氏)
イノベーションパートナーズは、和多屋別荘のハウスエージェンシーとしての役割も担うようになった。「その価値は家賃収入以上に大きい」と、小原氏はいう。