旅館、事業者、行政、3者それぞれのメリット
本田氏は、旅館をオフィスやワーキングスペースとして活用することの妙味として、旅館、事業者、行政、3者それぞれのメリットを挙げる。
「まず旅館側のメリットは、空室リスクの軽減と、それにともなう安定収入が挙げられます。行政側にとっては、事業者が外からやってくることにより、新しい雇用が生まれ、人材が流入し、新規ビジネスの創出や地域事業者との協業を促進することができる。結果、税収アップも期待できるでしょう。事業者にとっては、気持ちよく仕事に取り組める環境のなか、ビジネスのパフォーマンス向上や新しい事業の創出が期待できることに加えて、補助金など行政のバックアップを得ることができる。
そうしたシナジーの中核として、旅館がハブのような役割を果たすことができれば、結果的に地域活性にも繋がっていくと考えています。我が社のケースでいえば、和多屋別荘の客室を自社オフィスとして借り受けるだけでなくサブリースの形で他の利用者にも提供する、温泉旅館を活用したワーケーション事業を起ち上げることに繋がりました」(本田氏)
「温泉ワーケーション」は、文字通り温泉旅館でのワーケーションを提案するもの。長期滞在向け宿泊プランの販売や、ワークスペースの貸し出し、コンシェルジュサービスなどの特典が付いた月額会員を募り、順次全国展開を予定している。その第一弾が和多屋別荘だ。
小原氏は「2020年は、いうなれば『ワーケーション・ゼロイヤー』。ならば2021年は、『ワーケーション・ファーストイヤー』」だとし、「日本人にワーケーションという営みがどの程度馴染んでいくのか、試されることになる」とみる。
「今後、同様の事業に取り組む例が日本各地で続々と出てくると思います。そうなれば、よりシビアな目で比較される局面に入っていくのは間違いない。先行事例として我々の取り組みの成否が問われるでしょう。
そして新規参入の波が引いたあと、すなわち2022年あたりからが本格的な勝負の局面になると想定しています。そのときにもトップランナーとして走り続けるための準備を、いまは怠りなく進めていこうという段階です」(小原氏)
サテライトオフィス事業については、すでに4社の入居が内定しており、この4月から稼働の予定だという。目標入居数は2021年中に5社、2022年中に5社と設定。来年12月には、イノベーションパートナーズと合わせて計11社が入居し、100~150人が働いている状況を目指している。問い合わせ数も増加しており、「視察させてほしい」という行政や企業からの依頼も連日続いているそうだ。
「温泉ワーケーション」トライアル利用者からの評価は上々。カーシェアやレンタサイクルの要望、「連日で懐石料理は飽きる。館内にレストランが複数あると嬉しい」といった意見に熱心に耳を傾ける小原氏は、「快適に過ごしていただくための策は、積極的に拡充していきたい」と意欲を燃やす。
(取材・文/漆原直行)