その根拠となりそうなのは、2作ともに「振り回される男」という役柄であること。振り回される男の役を演じられる俳優は、裏を返せば「振り回す側の登場人物たちを生かす技量がある」「ただ振り回されて痛々しくなるのではなく、そこから何かを得ていく姿を演じられる」ということであり、やはり演技力が認められている証なのです。
また、両作が「大物脚本家のオリジナル」であることもポイントの1つ。『あのときキスしておけば』は、『セカンドバージン』(NHK)や『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)などで知られる大石静さん、『今ここにある危機とぼくの好感度について』は朝ドラ『カーネーション』(NHK)などで知られる渡辺あやさんが手がけています。これは2人の大物脚本家が松坂桃李という俳優を面白がり、振り回すことで演技力を引き出しているということでしょう。
現在のドラマシーンに目を向けても、松坂さんのニーズが高まっている様子がうかがえます。昨年から続くコロナ禍の重苦しいムードで、連ドラはコメディ全盛。シリアス一辺倒の作品は選ばれにくく、1つの作品でシリアスとコメディを演じられる上に人気のある松坂さんのような俳優のニーズが高まっているのです。
刺激的な環境で国民的俳優へ
松坂さんは現在32歳で、すでに出演作は100作を超えた充実期に突入しています。
所属事務所のトップコートには、34歳の中村倫也さんと28歳の菅田将暉さんという上下の世代に同じ主演級の俳優がいて、25歳の杉野遥亮さん、22歳の萩原利久さんなどの若手有望株も台頭。また、24歳の新田真剣佑さんも海外での活動を視野に入れて同事務所を退社したばかりであり、「30代女優屈指の演技派」と言われる妻・戸田恵梨香さんの存在も含めて、刺激的な環境にいるのは間違いないでしょう。
あるバラエティ番組で一度だけ松坂さんと共演する機会に恵まれました。そのときの松坂さんは、共演者やスタッフに一人一人丁寧にあいさつし、カメラが回っていないときは終始、自分の出番を確認し続けるなど、真面目で誠実な印象。しかし、カメラが回ったとたん、演じるスイッチを入れたように前へ出て話しはじめ、笑いを取り続けていました。気取ったところは一切なく、バラエティの演出にも全力で応える姿勢は、イケメン俳優のそれではなかったのです。
今春の2作では振り回される男の演技で魅了してくれそうですが、近い将来、松坂さんは国民的俳優に登り詰める可能性が高いのではないでしょうか。
【木村隆志】
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月30本前後のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組に出演し、番組への情報提供も行っている。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。