東京五輪選考は事実上の「一発勝負」に(19年のMGCでの中村匠吾=時事)
瀬古は1位でゴールテープを切ったものの、優勝タイムが前年の福岡国際で日本人選手3位となった工藤一良(2時間11分36秒)より遅かったことで物議を醸した。“一発勝負”ではなく、過去の実績が考慮されて選ばれることの難しさを誰よりも体感したのが瀬古だった。
「やはり、一部の人は“無理矢理、瀬古を選んだ”というイメージを持っているから、自宅に『今からお前を殴りにいく』と嫌がらせの電話があったし、カミソリの入った手紙も送られてきた。自転車に乗って追い越していった人が、わざわざUターンしてきて、“お前は卑怯だ”と言われたこともありましたね。そうやって後ろ指をさされながら、オリンピックに向かいました」
結局、瀬古はソウル五輪で9位に終わり、日本勢は中山が4位、新宅が17位と、いずれもメダルには届かなかった。ソウル五輪後、瀬古は現役を引退。指導者、解説者としての道を歩み、2016年に陸連のマラソン強化戦略プロジェクトリーダーに就任。東京五輪マラソン代表選考となる2019年9月の「MGC」を取り仕切った。自身が体験した代表選考の混乱も、“一発勝負”を採用する動機のひとつだったのだろうか。
「多少はありますが、過去、オリンピックや世界選手権の代表選考では何度も理不尽なことが起きた。選ばれると思っていた選手が選ばれなかったりしたわけです。そういう場合、選ばれたほうも、選ばれなかったほうもモヤモヤが残ってしまい、本番に臨む雰囲気ではなくなる。もちろん、一発勝負にも弊害はあるが、公平に選ぶにはそれしかない。
ただし、単なる一発勝負だと“その時だけ強かった”という一発屋が出てくる。そういう人がオリンピックで結果を出せたためしがない。勝つために走るレースで勝つ選手でないとダメなんです。そうしたことを踏まえて、MGCという方式をみんなで考えた。実績のある選手だけを集めて、本当にプレッシャーをかけて走る。それなら本番の重圧にも通じるものがある、誰も文句を言えない。選手強化の場となるうえに、透明な選考にもなるわけです」
様々な悲劇を生んだ代表選考の歴史があって、実行された大改革だった(文中敬称略)。