『百年目』は、店の金を誤魔化していたわけではないとはいえ、帳簿とは別の“個人の収入”を得て豪遊していたことをあえて咎めず、「それだけの才覚がある」と肯定して番頭を慈しむ旦那の器の大きさが際立っていた。花見で旦那に出くわした番頭がその晩に見る“昼間の小言が我が身に返ってくる悪夢”も秀逸で、これはこの日のアドリブらしい。
『鰍沢』に『百年目』。こういう大ネタ二席を通常の三三独演会で立て続けに聴くことはまずないが、落語ファンはこういう三三を観たいのである。“大ネタ二席”をコンセプトとして打ち出した主催者(産経新聞社)に感謝したい。三三の見事な語り口を心行くまで堪能できる「三三協奏曲」、次回は11月24日開催だ。
【プロフィール】
広瀬和生(ひろせ・かずお)/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。『21世紀落語史』(光文社新書)『落語は生きている』(ちくま文庫)など著書多数。
※週刊ポスト2021年5月21日号