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春風亭柳枝 復活した大名跡にふさわしい魂が吹き込まれた『子ほめ』

九代目春風亭柳枝の魅力(イラスト/三遊亭兼好)

九代目春風亭柳枝の魅力(イラスト/三遊亭兼好)

 大の落語ファンである音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、今年、真打昇進して九代目春風亭柳枝の独演会についてお届けする。

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 今年、春風亭正太郎が真打昇進して九代目春風亭柳枝を襲名した。

 この「柳枝」というのは正真正銘の大名跡である。『子別れ』の作者と言われる初代柳枝は“春風亭の祖”。その師匠は“柳派の祖”初代麗々亭柳橋だった。戦前に絶大な人気を誇った六代目春風亭柳橋は四代目柳枝の弟子で、それまでの「麗々亭」ではなく「春風亭」を名乗ったことから「柳橋」が春風亭の総帥の名になったが、本来は「柳枝」が春風亭の頂点。立川談志の著書『談志絶倒昭和落語家伝』(大和書房)には、三遊亭の「圓生」、柳家の「小さん」に匹敵する「柳枝」をなぜ継がなかったのかと六代目柳橋に訊ねたら「柳橋のほうが柳枝より上だ」と言われた、と書かれている。

 戦後活躍した八代目柳枝は『のめる』『締め込み』『ずっこけ』『花筏』『熊の皮』『四人癖』『王子の狐』『宮戸川』『高砂や』『元犬』『山号寺号』『芋俵』など軽い演目で人気を博した他、『野ざらし』には同時代でこれを売り物にした三代目春風亭柳好とはまた別の魅力があった。後進の指導にも熱心で、自宅に稽古場を作り、若き日の談志や五代目圓楽が稽古に通ったという。

 その八代目柳枝が53歳の若さで亡くなって今年で62年。「柳枝」という名跡は落語協会預かりになっていたという。古典に正攻法で取り組む実力派として高く評価されていた正太郎が真打昇進を機にこの大名跡を継いだのは実に喜ばしい。

 6月13日、新宿・道楽亭で行なわれた柳枝独演会をネット有料配信で観た。演じたのは『子ほめ』『にかわ泥』『寝床』の三席。柳枝という名がすっかり板に付いている。

『にかわ泥』は上方落語『仏師屋盗人』を東京に移したもの。ある家に入った泥棒が去り際に奥の間の襖を開けてしまい、目の前に現われた大男に驚いて刀で首を刎ねると、それは住人の仏師屋が修理を依頼されていた仏像で、泥棒は平謝りでその首を繋ぐ手伝いをさせられる、という噺。肝の据わった仏師屋と、相手の押しの強さにやり込められる人の好い泥棒の対比を楽しく描いた。

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