台本を読んだ瞬間 スタジオがアルプスに
ほどなくして実際の収録が始まった。当時のスタジオはうす暗くて何もない、広いだけの空間だったという。そこで、アルムおんじ役の故・宮内幸平さんと、ペーター役の小原乃梨子さんという、大先輩がたと、たった3人だけで収録。緊張したという。
「しかも声を当てるための映像は簡単な線画だけで、色がないんです。“山が燃えてるわ”なんてせりふを言っても想像するしかないんですよ(笑い)」
しかし、ハイジの台本は、スイスの風景を彷彿とさせる描写が秀逸で、絵がなくても読むだけで情景が浮かんだ。
「特に脚本家の佐々木守さんが書いた回は印象的で、私はスイスに行ったことがないのに、山の息吹、水の冷たさなどの情景が浮かんでくるんです。だから芝居をするというより、自然と物語に入り込めました」
佐々木さんは、大島渚監督作品のほとんどを手掛けた脚本家だ。杉山さんは、暗いスタジオにいながらアルプスの大自然の中にいるような気さえしたという。そして完成した映像を見たとき、改めてその美しさと緻密な表現に息をのんだ。
「言葉の力もさることながら、絵の力もすごい。たとえば第34話で、フランクフルトのゼーゼマン家でホームシックになったハイジがアルムの山に戻るシーンがあるんです。汽車の中から、山が近づいて見えたとき、ハイジはうれしさで顔に明るさを取り戻していく。せりふはひとつもないのに、表情と風景描写だけで、ハイジの心情を雄弁に語るんです。あのシーンはいまでも心に残っています」
【プロフィール】
杉山佳寿子(すぎやま・かずこ)/声優。愛知県出身。アニメ『うる星やつら』のテンちゃん役、アニメ『キテレツ大百科』のコロ助役、アニメ『GU‐GUガンモ』のガンモ役などで知られるほか、ナレーター、舞台俳優などとして幅広く活躍。
取材・文/桜田容子
※女性セブン2021年9月16日号