対する『TOKYO MER』で鈴木が演じた喜多見医師は、見ていて心配になるほど心優しく、正義感に溢れた人物だ。仲間たちに向ける明るい笑顔が印象的で、患者を励ます声は活力に満ちている。自分の危険も顧みずに人命救助に奔走する“頼れるリーダー”というのはあくまでも役の設定だが、喜多見医師の笑顔を目にし、声を耳にしていると、チームのみんなが彼についていきたくなるのも納得できる。本作で鈴木が見せる笑顔に救われる視聴者は多いことだろう。
前者で演じているのは“極悪人”で、後者で演じているのは“超善人”。上林役と喜多見役、北極と南極くらいに違うキャラクターを務めた鈴木だが、ここまで来るともはや「演技の振れ幅が大きい」というレベルの話ではない。特に目を見張るのが、作品を観た人がどちらか一方のイメージに囚われてしまうことがなければ、演じる鈴木本人も、どちらかの役に足を引っ張られていないこと。上林に喜多見のような柔和な要素が少しでもチラつけば、たちまちキャラクターの強度は下がってしまうに違いない。
鈴木の人並外れた“演じ分け”は、過去作でも見て取れる。例えば、ラブコメ映画『俺物語!!』のテンションの振り切れたコミカルな芝居に対し、幕末におけるリーダーシップの象徴的存在、西郷隆盛を演じた『西郷どん』(NHK総合)などだ。これらの作品でも感じるのが、それぞれの作品の役を演じたことによって彼自身が変化しているとは思えないこと。鈴木は役を演じることで自身をアップデートしているのではなく、一つひとつの役を完全に着替えるようにして演じている印象があるのだ。一つの経験を得ては捨て、また一つの経験を得る。これは、彼が役に合わせて徹底的な肉体改造をすることにも表れていると思う。
観客を人間不信に陥らせてしまうほどの芝居が出来る背景には、鈴木ならではの役者としての表現や手法が確立されているからこそではないだろうか。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。