傾聴・共感の具体的な実践法
家族療法により、Yさん親子はどう変化していったのか。
「まず、母親が家族療法を学び、Yさんに対してどう傾聴・共感すれば良いのかについてセラピストのアドバイスを受けました。同時に、Yさんもセラピストのカウンセリングを受け、過去自分がどんな気持ちだったのか、何が苦しかったのかを話す訓練を行うはずだったのですが、堅く心を閉ざしていたYさんの場合、当初カウンセリグに来ても一言も話さなかったようで、セラピストは話し始めるのをじっと待ち続けたそうです。月に2度のカウンセリングには通ってはいたものの心を開くまでには長い時間がかかり、開始から1年半ほど経った頃、ようやくYさんはカウンセラーに対し、自分の気持ちをポツポツと話すようになったのだそうです。
その後、Yさんは自分の気持ちを相手に伝えるコミュニケーショントレーニングを学び、少しずつ母親とも話が出来るようになっていきました。母親も、Yさんの言葉に耳を傾け始めると、徐々に自分が夫や姑の方ばかり見ていて、息子であるYさんをまるで見ていなかったことに気付き始めました。母親も傾聴・共感の訓練を続けたことで、Yさんの話に反論することなく、上手に聴けるようになったのです」
2人の関係だけでなく、家庭環境も変化した。一家の絶対的な存在だった祖母と、口うるさかった叔父や叔母が相次いで亡くなったのだ。
「Yさんと母親は、それまでにも増して互いに向き合うことになりました。そして、ある日の会話で母親がYさんにこう言いました。『私はあなたのことを見ていなかった。それがいけなかった。ごめんね』。その時の母親の素直な気持ちでした。母親が正直に打ち明けてくれたことが、Yさんはとても嬉しかったそうです。
これを機に、Yさんの心は自然と外に向かうようになりました。誰とでもコミュニケーションが取れるとまではいかないものの、意欲が生まれ自ら勉強して資格を取り、家業も少しずつ手伝うようになっていったのです。所有する賃貸住宅の管理など仕事するうち、佇まいや表情が明るくなって、口数もどんどん増えていきました」
家族療法を受けた際の心境について、Yさんが話す。
「母親と生まれて初めてきちんと会話できた気がしました。辛かったこと、本当は嫌だったこと、それまで溜め込んできたたくさんの気持ちを理解してもらえて、本当に嬉しかったです。母親も、父親や祖母、親戚に囲まれて委縮していただけなのだとわかりました。ここまで来るのに20年を費やしましたが、休みの日には海辺をドライブしたりして、充実した毎日を過ごしています」
ひきこもりの治療を受けるのに、年齢は関係ないという。
「『8050問題』、『ひきこもり』と聞いて、『いい年をして、いつまでも年老いた親に迷惑をかけて』と思う人も多いでしょう。しかし、ひきこもりが生まれる要因は本人が弱い、親だけが悪いといった単純な話ではありません。顕微鏡のように高性能の感度で物事を感じとる繊細な子供と、望遠鏡の世界で生きてきた荒い画素数の親が、丸っきり異なる倍率で同じものを見ようとして分かりあえていないといった、噛み合わない家族全体のコミュニケーション問題に起因することがほとんどです。心の行き詰まりや問題行動に家族療法が効果的であることは、私のこれまでの経験からも明らかです。何才であっても遅すぎることはないので、現状をどうにも出来ないと悩んでいる人は、実践してみてほしいですね」(最上さん)
【プロフィール】
最上悠(もがみ・ゆう)/精神科医、医学博士。うつや不安、依存などに多くの治療経験を持つ。英国家族療法の我が国初の公認指導者資格取得など、薬だけではない最先端のエビデンス精神療法家としても活躍。近年はPTSDから高血圧にまで効く“感情日記”提唱者としても知られる。著書に『8050 親の「傾聴」が子どもを救う』(マキノ出版)、『日記を書くと血圧が下がる 体と心が健康になる「感情日記」のつけ方』(CCCメディアハウス)、『家族をうつから救う本』『新・薬を使わずに「うつ」を治す本』(河出書房新社)、『ネガティブのすすめ』(あさ出版)など多数。