その、もう1つの世界は、細部までが緻密に構成され、月昂はハンセン病、勲婦は慰安婦など、人類の歴史からも描くべき事実を的確に抽出。延々と繰り返される人間の愚かでしょうもなく、哀しくも愛おしい営みを、小田氏はさも見てきたかのようにまざまざと描出する。

「細部がリアルじゃないと、自分がのめり込めないんですね。途中で筆が止まって、どうにも書けない時は大抵、展開ではなく細部が悪い。もちろん円空やS・キングみたいに滾々と湧く創作意欲に任せて彫りまくり、書きまくるクリエーターには憧れるけれど、そうはできなくて。なんでこんなところに拘るかなと思いつつ、自分にはそれしか最後まで書き進める方法がないから、拘ってしまうんです」

 その充実の物語は帯にもあるように多くの同業者を唸らせ、虚構に遊ぶ贅沢を改めて思い出させてくれる。刺激にみちた全3篇である。

【プロフィール】
小田雅久仁(おだ・まさくに)/1974年仙台市生まれ。現在大阪府豊中市在住。関西大学法学部政治学科卒。2009年『増大派に告ぐ』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。「28歳で一度会社を辞めて挑戦したらダメで、また就職して辞めて今度は受賞できたけど、仕事を辞めないと書けなくて(苦笑)」。2012年刊の『本にだって雄と雌があります』は第3回Twitter文学賞国内編第1位に選ばれるなど評判を呼び、本作は待望の第3作。166cm、55kg、O型。

構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎

※週刊ポスト2021年12月10日号

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