今年、がんと闘病の末に亡くなった遠藤和さん

家族で過ごした幸せな時間

 私が以前に担当した女性の例を挙げましょう。彼女は、夫に見せる感情と、医師である私に見せる感情がまるで違っていました。ある日、その患者さんから「死にたい」と言われたので、私はできるだけ淡々と「お迎えは来そうですか」と返しました。また別の日、彼女が夫婦で来院したとき、夫から「妻は最近、生きる気力が湧いてきたようです。調子も良くて」と報告されても、私は軽く頷いただけで、大きなリアクションを取らないように努めました。

 私の取った態度は、一般的には冷たく受け取られると思います。それでも、こういった場合に大きなリアクションを取らないのは、医療者が感情を露わにする行為が、患者さんの言葉をコントロールしてしまう可能性があるからです。

「死にたい」というフレーズにいかにも悲しそうに対応したり、逆に「生きたい」という言葉にうれしそうに応じたりすると、患者さんは自分の率直な気持ちではなく、医療者の態度に沿った言葉を口にするようになってしまうかもしれない。そういった影響を与えることを避けるため、がん患者さんに対する医療者は、できるだけ感情に訴えないように振る舞うことも多いのです。

 緩和ケアは決して、終末期のみの医療ではありません。国は、がんと診断されたところから緩和ケアが始まるべきだと以前から掲げていますし、がん告知の瞬間から緩和ケアを開始した方が生活の質が高まることは、世界的な研究結果でも示されています。

 医師が勧める治療を選択しても、そのゴールが、医師と患者さんで一致していないということは山のようにあります。医師は延命のために治療していて、患者さんは治癒を期待して治療に取り組んでいるということも、しばしばです。なかには、そのギャップを見て「患者さんの理解が悪い」などと口にする医療者までいます。あるいは、緩和ケアを受けるときには、すべての積極的治療をあきらめなければならないと考える医療者もいます。

 しかし私は、治癒を期待し続けるとか、治療を求め続ける生き方も肯定されるべきだと考えています。緩和ケアは、抗がん剤に代表される積極的治療を否定するものではありません。抗がん剤治療と並行して受けられます。だから、自由診療を受けてみなければ悔いが残ると考えるかたがそれを実行する際にも、緩和ケア医、緩和ケアチームとの縁は切らないでほしいです。

 和さんは、自身の確固たる意思とご家族の協力のもと闘病を終えました。彼女は最後の最後まで、しっかりと自分の人生を選択して生きたのではないかと私は感じました。

(前後編の前編。1月23日16時配信の後編【緩和ケア専門医「がん患者と家族のあり方」ステージIVママから学べること】に続く)

【プロフィール】西智弘(にし・ともひろ)/2005年北海道大学卒。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。室蘭日鋼記念病院で家庭医療を中心に初期研修後、2007年から川崎市立井田病院で総合内科/緩和ケアを研修。その後2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科を研修。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。また一方で、一般社団法人プラスケアを2017年に立ち上げ代表理事に就任。「暮らしの保健室」の運営を中心に、地域での活動に取り組む。著書に『緩和ケアの壁にぶつかったら読む本』(中外医学社)、『「残された時間」を告げるとき』(青海社)がある。

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