何よりも深刻だったのは、藤原さんの感染が発覚したことで、同居する家族が濃厚接触者と認定されたこと。息子は今年中学3年生で高校受験を控えていたが、濃厚接触者ということで、私立高校の受験が予定通りにできなかったのだ。
「私立はあくまでも公立校の滑り止めでしたが、息子はかなりショックを受けていた様子です。ちょうど、若い世代の感染者数が増えたことで、受験日は別に設定されたのですが、親父のせいだと思っているに違いありません。息子の前でも『コロナなんか大したことない』と話していたのに、大したことになってしまった」(藤原さん)
受験資格を失ったのではなく救済措置があったのが救いだが、子供の進路に関わる重大事に発展してしまったのだから「大したことない」などとは口が裂けても言えない。だが、自身の店で、客に向かって「コロナなんて気にしない」と豪語するのは気持ちがよかったし、客も大いに納得してくれていた。万一感染したとしても、店は部下に任せれば事足りるし、ホテルなり実家に帰省し、一週間ほど休めば済むだけの話。そう考えていたが、そこから家族を含めた身の回りの人々の事情についての思慮がスッポリ抜けていたのだと後悔する。
「結局、俺がコロナは大したことないと言い続けても、そういう人たちが大勢周りにいたとしても、実際に感染してしまえばどうしようもなくなる。コロナは風邪、インフルと同じだとは思いますが、インフルであっても仕事や学校を休まざるを得ないし、感染しないよう注意するものですよ。私自身、そのことを忘れていたに過ぎない。本当に申し訳ない」(藤原さん)
調子に乗っていた、この一言に尽きます
かつての藤原さんの意見に「そうだそうだ」と赤ら顔で同意していた客達からも、今では藤原さんを批判するような声が上がっているのだと聞き、さらに落ち込んだ。
「店は部下に、と思っていましたが、私の感染が発覚した直後、常連さんから『大将感染したんだって?』と問い合わせが何件も来ました。念のため検査を受けてほしい、保健所に相談してほしいと話しましたが、分かりやすいはっきりした感染の症状が出ている人はいませんでした。気にするなとは言ってくれますが、結局全部自分のせい、自分に跳ね返ってきたんです。そんな状況だから店も開けられず、従業員への給与の支払いも怪しくなってきた。風評被害がすごく、店の再開も危うい」(藤原さん)
藤原さんが痛感したのは、新型コロナウイルスに関して「大したことがない」という見解を示す人々の多くが、あまりに「無責任」な言動に終始していた、ということである。「自分は感染しても問題ない」のは勝手だとしても、感染した自分の周囲への責任はどうするのか、ということだ。
「テレビに出る有識者がコロナを煽っているとは、今でも思います。でも、彼らには責任があるんです。国や自治体、医者も同様で、情報発信に慎重であるのは当たり前なんです。私たちは、何を言っても責任を取らなくていい。SNSでコロナは風邪、と言っても罪に問われることはありません。調子に乗っていた、この一言に尽きます」(藤原さん)
藤原さんの症状は3日ほどで快方に向かい、家族間感染は息子だけにとどまったまま、間も無く自宅療養期間が終わるという。しかし、藤原さんの感染によって、家族は一時的に崩壊しかけた。藤原さん自身、家族に対する「責任」を忘れていたのだ。
コロナに関する見解は、テレビにも新聞にもネットにも情報が溢れ過ぎている。誰が真実を言っているのか、現時点ではわからないことも多い。しかし、少なくとも顔や名前を出し、自身の責任として根拠となる資料を確認して発言している人以外の意見を信用するのは危険である。マスコミや政府が嘘を言っている、という意見も、全否定するわけではないが、それは嘘だと発信している人たちは、その言葉に責任を負っているのだろうか。無責任論者の見解を信じるのも勝手だが、その発信者は、あなたの行動に何ら責任を負わない。この単純で当たり前の構図を理解できないほど、世の中は混乱してしまっているのだろうか。