病を恐れて豆腐にも毒消し
冷蔵庫のない時代、高温多湿な日本で、ナマモノを食べたがる日本人は、食あたりを起こさぬよう、とても気を遣った。調理場を清潔にしておくのはもちろんのこと、毒消しに最も重宝されたのは大根だ。1695年に刊行された『本朝食鑑』という食材事典に、「魚肉の毒・酒毒・豆腐の毒を解する」とあり、大根おろしは焼き魚以外にも、さまざまな料理に添えられた。
殊に刺身には、山葵、生姜、葱、蓼、黄菊、紫蘇、うどなど、数種類の薬味がつけられ、味の変化を楽しむとともに、薬味が持つ整腸作用を活用した。調味料もしかりで「酢酸菌」発酵の酢、「麹菌」で造られた酒、醤油、味噌にも毒消しの効果があることが知られており、前述の『本朝食鑑』の醤油の項に「一切の飲食および百薬の毒を殺す。台所には一日たりとも無くてはすませることはできないものである」と記述されている。
特に味噌汁は「医者いらず」「医者殺し」「不老長寿の薬」と言われ、江戸っ子は毎日欠かさず飲んだ。「一汁三菜」の一汁は、味噌汁限定で、医者代や薬代が高額だったため、病気にかからないで済むよう、食生活に気を遣っていたことがわかる。
【プロフィール】
車浮代(くるま・うきよ)/時代小説家。江戸文化、特に浮世絵と江戸料理に造詣が深い。著書に『江戸の食卓に学ぶ』(ワニブックス)、『天涯の海酢屋三代の物語』(潮出版)、『歌麿春画で江戸かなを学ぶ』(中央公論新社)、『蔦重の教え』(双葉文庫)など。。
※週刊ポスト2022年2月18・25日号