「移植か透析か」の決断を迫られる可能性は誰にでもある(写真/Getty Images)
2年にわたって葛藤したもろずみさんは、思いのたけを主治医にぶつけたという。
「愛する人の体にメスを入れるなんて、私のエゴですよね。そんなエゴ、許されますか。人体実験みたいなことして、臓器を奪い取って生きるなんて、私は世間様に顔向けできますか」──もろずみさんは当時のことを思い返すたびに後悔すると語る。主治医はとても悲しそうに「そうか。だったら、ぼくたちも世間に顔向けできないようなことをしているってことになっちゃうよ」と答えたという。
だが、生きている人間から臓器をもらうことへの葛藤があるのは当然だ。湘南鎌倉総合病院院長代行で腎臓病総合医療センター長の小林修三さんは、移植先進国である米国の例を挙げる。
「米国では、生体移植は邪道とされており、亡くなった人の体から移植する献腎移植が基本です。移植手術でドナーの死亡事故が起きるケースは極めてまれで、もちろん、決して起きてはならないことですが、健康な人にメスを入れることが一定のリスクを伴うのは間違いない。実際に、臓器提供後にドナーが健康を損なったり、レシピエントとの関係が悪化して“移植なんてするんじゃなかった”と後悔するケースもあります」(小林さん)
腎臓も、寿命も夫婦ではんぶんこしよう
それでも、もろずみさんが夫婦間移植を決意したのはなぜか。
「少しでも長く、夫と一緒に過ごす時間が欲しかった。人工透析は優れた医療ですが、2日に1度、約4時間を要するので、移動時間なども合わせると、一緒にいられる時間が圧倒的に少なくなってしまうんです。だったら腎臓をはんぶんこして、その分ふたりで一緒にいよう、と夫が言ってくれました。それと、移植を受けたら、もう一度妊娠・出産できるかもしれないと医師に言われたのです」(もろずみさん・以下同)
もろずみさんは、29才のときに自然妊娠していた。子供を持つことは最初からあきらめていただけに、つわりすら愛おしかったと語る。ところが、妊娠によってもろずみさんの腎臓の状態は急激に悪化し、当時の医師や家族に、産むことを強く止められた。「たとえ、命と引き換えに産むことができても、子供には障がいが残る可能性もある。この先ずっと、夫にそれを背負わせるのか」──もろずみさんは、身を引き裂かれる思いで、出産をあきらめた。
この先の人生を分かち合うため、ついに2018年3月23日、もろずみさん夫婦は生体腎移植手術を受けた。
「手術からたった6日で退院できました。それでも、腹腔鏡手術とはいえ夫も術後のダメージは大きかったですし、私自身はお腹に20cmの傷痕があって、1か月くらいは、夫婦ふたりで生活するのもやっと。少しずつ、“病人と病人”の暮らしから“夫と妻”の暮らしに戻っていきました」